自分にとっての当たり前とは

おつさまです。
出張撮影カメラマンの牧野です。

ご注意ください

今日は撮影と全く関係ないお話。

関東はのろのろ台風が接近中ですね。

子供のとき感じていた
台風への謎のワクワク感は
なんだったんだろう。

といっても、今も謎のワクワク感は
健在なのですが。笑

台風接近中でもお仕事に行く方は
どうぞお気をつけて。

実家に帰省した私

話は変わって
ちょっと久しぶりに実家に帰りました。

父親は娘の私が帰ってくるとニコニコ。
すぐ元気になります。

そして
いろんな話をしてくれます。

母親は、これでもか!ってくらい
おいしいごはんを
たくさん作ってくれます。

 

なので、私は
「これ、うめえぞ!」

ドラゴンボールの悟空のように
むしゃむしゃ。

完全に豚。

 

父親は数年前に脳の病気で
天国に逝きかけたのですが

まだ命を落とすべき
タイミングではなかったようで

奇跡的な回復を遂げて
こちらの世界に戻ってきてくれました。

▼ちょっと怖い話

父は集中治療室にしばらくいたのですが

毎日、意識もうろうとしながら

天井を見ていたら

オーブがたくさん見えたという話を
何度もしてくるので

怖い話が苦手な私は
真顔で「やめて」と言います。笑

 

父親と話していると
当時のことをいつも思い出します。

 

おいしいごはんが食べられること

 

あたたかいお茶が飲めること

 

自分の家で過ごせること

 

笑いながら自分の口で話ができること

 

自分で手足を動かせること

 

自分の足で歩けること

 

どれも健康な人にとって
当たり前にできることですが

 

自分で寝返りをうつことができない

 

自分の口で何もしゃべることができない

 

自分で手足も動かせない

 

自分ひとりじゃ

何もできない状態だった父が

ここまで回復することは
本当に想像できませんでした。

 

 

生命力のかたまり。

(娘からの誉め言葉)

 

 

毎日、毎日

お見舞いを欠かさなかった

母親のパワーも注入されたのでしょう。

 

当たり前とは?

自分の当たり前は

相手にとって
当たり前じゃないかもしれません。

 

「そんなの当たり前でしょ」

「知ってて当たり前でしょ」

というのは

自分のものさしでしか
測ることはできなくて

相手に通用しない。

 

そして何より

その当たり前は

いつ当たり前じゃなくなるか
わかりません。

 

事故や病気、災害で

突然亡くなってしまったり

手足が不自由になることだってある。

 

当たり前を当たり前だと思わないように

日々感謝を。

 

 

父と話していて、そう思います。

 

父親がそんな状態でも

くじけず支え続けた私の母。

 

この一言に尽きます。

 

強い

(いろんな意味で)

 

そんな母親

実は弱点がひとつありまして

パソコンが全くできません。

 

「全くできない」のレベル

想像つきますかね?

 

 

▼ノートパソコンの開き方

⇒物理的な話で、もはや開けるだけ!w

▼タッチパッドの使い方

⇒ノートパソコンについてるアレ。マウスの代わりみたいな。

▼パソコンの電源のつけ方

⇒2秒くらい押すだけ。

▼インターネットのやり方

⇒Googleって何?検索エンジンって何?

▼ローマ字打ちのやり方

⇒「ちゃ」「てぃ」ってどう打つの?

などなど

 

挙げだしたらキリがないのですが

パソコンにふれる機会がなかったため

本当に基本的な操作が

何ひとつわからない母。

 

母のとある一言で

めちゃくちゃ脳みそを使う

一日を送ることになったのです。

 

そのとき、私は思いました。

 

自分の当たり前が

誰かの役に立つかも

ということを。

 

そのお話は、また次回。

 

 

そういえば、

ローマ字入力するようになってから

ローマ字ちゃんと覚えたなあ。

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ABOUTこの記事をかいた人

牧野圭子

全国出張撮影可能!子供・家族写真を主に撮影しているフリーカメラマンです。埼玉県所沢市出身で今現在は東京都武蔵野市に住んでいます。お寿司が大好きすぎて困っています。